小谷幸子(比較文化学専攻)
 
1.事業実施の目的 【g.海外教育研究機関活用事業】
  博士論文のフィールドでの発表
2.実施場所
  米国カリフォルニア州サンフランシスコ湾岸地域
3.実施期日
  平成20年2月20日(水)~平成20年2月28日(木)
4.事業の概要
 

 報告者は、米国カリフォルニア州サンフランシスコ市において日本町と呼ばれる都市街区をフィールドとして人類学的な調査を続け、2007年秋に「在米コリアンのサンフランシスコ日本町―マルチカルチャーのエスニックタウン」と題する博士論文を提出した。今回の渡米の第一の目的は、これまで調査をおこなってきた現地において、この博士論文を発表することで、これまでの謝辞をあらわすとともに、フィールド地域の住民や研究者たちと意見交換や交流をおこなうことであった。
 現地の研究者の助力のおかげにより、1週間という短い滞在のあいだに、2回の発表を実現することができた。まず一つ目はサンフランシスコ州立大学のエスニック・スタディーズ学部アジア系アメリカ人研究学科の現ディレクター、ベン・コバシガワ教授(Prof. Ben Kobashigawa)のはからいにより、
サンフランシスコ日本町のホールでの発表であった。これは、SF州立大のエディソン・ウノ研究所とthe Japanese American National Libraryの共催でおこなわれた。そして、二つ目の発表はカリフォルニア大学バークレー校の文化人類学のネルソン・グレーバン教授のはからいにより、当該大学の東アジア研究所にて、おこなうことができた。
  どちらもパワーポイントを用いて、約1時間の発表をおこなったのち、フロアと質疑応答をするというかたちで発表会は進んだ。また特にサンフランシスコ日本町での発表は、地域のコミュニティでの開催であったことから、地域の日系や韓国系メディアの取材や報道などが発表の前後にわたりあった。どちらも要請にこたえるかたちで、基本的には英語で発表をおこない、その都度、必要に応じて、日本語や韓国語で補足説明をおこなった。聞きにきてくださった方々は、サンフランシスコの場合は、地域の企業家、学生、研究者を含む比較的幅広い層の人びとで、高齢の人びともいた。ただ残念であったことは、現地大学機関主催での英語での研究発表会であったということから、博士論文のために実際にデータを提供してくださった、韓国語を主に日常的に使っている調査対象者の人びとの参加はほとんどなかった点である。また、エスニックな背景という点では、サンフランシスコ日本町での発表は、日系を主として、アジア系の人びとがほとんどであった。バークレーの場合は、大多数がカリフォルニア大で研究をおこなう大学院生もしくは教員で、アジア系のみならず、ヨーロッパ系の人びとも多かった。

5.本事業の実施によって得られた成果
 

 今回、本事業を通じて、学位授与式を前に米国で博士論文研究の成果発表ができたことは、これまでの学生生活の集大成として、またこれから研究者として新たなスタートを切るうえで、とても意味深く貴重であった。具体的には特に、次の2点があげられる。

1) 調査をおこなったフィールドにおいて研究成果を発表することで、自らの研究を再び現地のコンテクストに改めて位置づけ、再検討することができた。
⇒報告者は総研大に入り、フィールドワークにもとづく異文化理解をかかげる人類学を学んできた。人類学では通常、調査地においてある一定期間生活し、比較的、長期的な視点で調査対象者と関係を構築するなかで調査をおこなう。しかし、その現地での体験や調査結果は、調査者が「ホーム (home)」と認識する日常世界に持ち帰られて分析され、そのままフィールドとは切り離された文脈でアカデミックな議論の対象となることも多い。しかし、今回、博士論文を書いた直後に再度、フィールドを訪れ、その研究成果を発表する機会を得たことで、調査から研究成果の発表という一連の研究の流れを通じて、みずからの研究をフィールドのコンテクストに位置づけることができた。
このことは、無意識のなかでおこなわれがちな自文化中心主義的な研究実践を克服していくうえで大変有意義な過程であると感じた。

2)これからの研究者としての活動に彩りを与えてくれるようなネットワークの広がりを経験することができた。
⇒今回の2つの大学組織での発表では、現地の関連分野で研究活動をおこなう研究者たちと、発表の場そして、それ以外のインフォーマルな食事会の場などを通して、非常にリラックスした雰囲気のなかで交流をはかることができた。発表した研究内容に対するコメントはもちろんのこと、これからの進路や研究の方向性を考えるうえで、大変示唆的なアドバイスも得ることができ、これから飛車の役にたちそうな文献や人脈を紹介してくださるといったことも少なくなかった。このような交流の機会をタイミングよくもつことができたのは、本当に幸運なことだと感謝している。

6.本事業について
 

 卒業した今、自らの研究活動を振り返ってみると、本イニシアティブ事業からは本当に恩恵を受けてきました。2002年の総研大入学以来、筆者がフィールド調査の地としてきた米国サンフランシスコをめぐっては、9.11事件をはじめ、住居費の高さ、調査ビザ取得の困難、北米を対象とした助成金の少なさなど、調査を遂行するうえで、多くの難問があった。そのなかで、本事業は一般の助成金とは異なり、学生サポートという名にふさわしい、それぞれの状況に対応できるような柔軟さがあり、精神的にも経済的にもとても支えられました。報告がかなり遅れてしまいましたが、心から感謝しています。これからもたくさんの総研大生が本事業のもとで、伸び伸びと大きな舞台で調査をし、発表をし、ネットワークを作り、研究活動にいそしまれることだと確信しています。本当にありがとうございました。

7.その他
 

当事業にて行った研究発表の様子が現地メディアに報道されました。

http://www.hokubeinews.com/articles/article/5501396/95845.htm

http://www.nichibeitimes.com/articles/community.php?subaction=showfull&id=1204162800&archive=&start_from=&ucat=2

 
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