総研大 文化科学研究

論文要旨

池田本源氏物語・甲筆書写巻をめぐって

文化科学研究科・日本文学研究専攻 大内 英範

キーワード

源氏物語、本文、書写態度、池田本

源氏物語現存最古写となる鎌倉時代の源氏物語写本は、巻単位で伝わっているものが多く、五十四巻もしくはそれに近い形で伝存するものでも、当初のいくつかの巻が失われて、由来を異にするものや補写で補っているものが普通である。そのような中、天理図書館蔵池田本は、鎌倉期書写の源氏物語写本としては最も多くの四十八巻を、当初のもので今に伝える貴重な伝本である。しかも各巻各筆ではなく、甲乙の二筆であるところも貴重である。うち、甲筆書写巻である桐壺は、明融本桐壺と、親本が同じであるかそれに近い関係であることをうかがわせるほどに本文がよく一致する。それは、両本がそれぞれ親本に極めて忠実に書写したことを物語っているのである。

しかし同じ甲筆書写巻でも、帚木や若菜上などは、明融本とは明らかに異なる本文を持っている。このことは書写者甲の書写態度が桐壺の場合と異なることを示しているのか、親本の違いを示しているのか、あるいはその両方かであろう。ここで、池田本帚木に最も近い本文を伝える東洋大学蔵高木本に注目したい。帚木巻において高木本と池田本は非常によく一致する。直接の書承関係がないと考えられる二本がこれほどに一致するというのは、やはり両本がそれぞれの親本に対して忠実な書写しているからに他ならない。

桐壺における考察とあわせて、帚木でもこのような結果となることから、池田本、少なくとも甲筆書写巻については、本文訂正を本行に加味して読むことで、その親本の本文がほぼ再建できるという見通しが許されるものと考えられるのである。

さらに、他の巻にも目を向けつつ、表記や本文訂正の吟味から、甲筆書写巻全般の書写態度を検討し、その親本の姿を推定する手がかりとしたい。

(受理日:2005年1月15日 採択日:2005年3月4日)