総研大 文化科学研究

論文要旨

農村女性によるヒマの発見

―秋田県大潟村の農業臨時雇いを事例に―

文化科学研究科・日本歴史研究専攻 渡部 鮎美

キーワード:

臨時雇い、農村、女性労働、ヒマ、効率化、雇用制度、賃金、手抜き

農業臨時雇いとは、日々または一年以内の期間でおこなわれる農作業の賃金労働を指す。現在、全国の農家で100万人を超える農業臨時雇いが働いている。農業の機械化が進んだ現在でも依然として臨時雇いは必要とされている。また、アルバイトやパートタイマーといった臨時雇いは農業に限らず、女性に多い働き方であり、現在でも広くとられている労働形態でもある。 

先行研究の多くは、1960年代前半までを対象とし、結婚前の女性が主たる担い手となる女中や早乙女などの臨時雇いを事例に農村女性の労働を論じてきた。そこでは、臨時雇いを季節労務や農間余業として位置づけてきた。つまり、人生や一年のなかで、ヒマな時期におこなわれる労働とされてきたのである。また、臨時雇いは結婚相手探しなど、副次的な目的をもつ婚前労働ともされてきた。そして、農業臨時雇いは地縁や縁故に頼って集団をつくり、雇用関係を結ぶことが多かったことから、前近代的な集団労働とみられてきた。

本論では、1960年代後半に発生した大規模な農業臨時雇いを事例に、農村女性の労働の近代化について論じる。そして、先行研究で示された1960年代前半までの農業臨時雇いの位置づけが、現在に至るまでどのように変わったのかをあきらかにし、農業臨時雇いの近代化、ひいては農村女性の労働の近代化について考察する。そのために本論ではまず、農家の経営記録と新聞記事から農業臨時雇いの雇用関係と労働形態を復元した。同時に現在の雇用関係についても聞き取り調査からあきらかにした。さらに、聞き取り調査から被雇用者の生業暦を作成し、年間の生業暦のなかでの農業臨時雇いの位置づけを示した。

調査地の秋田県大潟村では、1968年から現在まで周辺地域の農村女性を稲作や畑作の臨時雇いとして雇い入れてきた。しかし、大潟村での農業臨時雇いは先行研究で指摘されてきた季節労務や農間余業のような労働ではなかった。まず、第一に農業臨時雇いは婚前労働ではない。第二に農業臨時雇いは農繁期におこなわれており、農間余業でもない。つまり、婚前労働のような副次的な目的もなく、ヒマな時間を活用する仕事でもない臨時雇いは賃金を得ることが強く意識された労働といえる。

これまで、農村の臨時雇いは農閑期などのヒマな時期におこなわれる労働とされてきた。ところが、大潟村の農業臨時雇いは、忙しいはずの農繁期にもおこなわれている。それは、田植えや草取りが作業時期の融通がきくものであり、ある程度、効率化ができるものであったという点が大きい。畑作にしても日中、大潟村に行き、その前後の朝夕に作業をすれば収穫にも差し支えがなかった。

大潟村の臨時雇いは前近代的な枠組みから出発した。田植えや草取りの臨時雇いは早乙女のように慣習的に女性に限定される労働であった。また、地縁や縁故に頼って雇用がなされていた。一方で、大潟村の臨時雇いには初期の段階ですでに近代性がみられた。それは賃金を得ることが強く意識されていたことである。また、後には、雇用制度の多様化により、年齢や地縁・縁故によらないビジネスライクな雇用関係がつくられていった。そして、大潟村の臨時雇いは、従来なら自分の家の農作業に専念していた農繁期におこなわれてきた。それは、農作業が時期をずらすことや、ある程度の手抜きができることを女性たちが発見したことではじめて可能になった。つまり、農村女性は臨時雇いに就くことで、農業を効率化することを覚え、農繁期にヒマを発見したのである。