総研大 文化科学研究

論文要旨

サンタ・ロサ信仰の形成と発展

−20世紀ペルー社会における展開を中心に−

文化科学研究科 比較文化学専攻 八木 百合子

キーワード:

ペルー、サンタ・ロサ、カトリック教会、国家、聖地、国家警察

本論文は、ペルーの守護聖人サンタ・ロサ信仰の発展を、この聖女をめぐる教会や国家の動きに焦点をあてながら論じたものである。

サンタ・ロサは、17世紀にアメリカ大陸で最初に聖人に列せられた人物で、今日ペルーで最もよく知られた聖人である。国家警察の守護聖人にもなった現在、毎年サンタ・ロサの日には警察による盛大な祝祭が催され、教会のみならず国家警察をも通じてサンタ・ロサはペルー各地に広まっている。本論文では、カトリック教会や国家警察との関連に着目し、文献資料に基づきながら20世紀におけるサンタ・ロサ信仰の発展の様相について描き出す。これを通じて、この信仰発展の背後にいかなる要因があったのかを解明することが本稿の目的である。

20世紀に入るとカトリック教会は、1918年に「サンタ・ロサ新大聖堂」の建設計画を打ち出すと、これに合わせて1920年代にはリマにある「サンタ・ロサの家」や巡礼地として知られる「キベスのサンタ・ロサ」など聖地の整備を開始した。当時、自由主義や実証主義勢力の影響などにより、社会に対するコントロールを失い、弱体化しつつあった教会にとってこの新大聖堂の建設は、信者との団結を図り、社会における存在の回復を意図していたともとれるものだった。これら一連の聖地整備事業を推進したのが、ときのリマ大司教エミリオ・リソンであり、彼はまたサンタ・ロサの祭礼や巡礼の慣行を促す教令も発布するなど、サンタ・ロサ信仰再生の真の立役者であった。

こうした教会の動きがある一方、レギア政権(1919−1930)により再編されたペルー警察は1928年に警察の日を制定し、サンタ・ロサを守護聖人として迎え入れると、サンタ・ロサの日でもある8月30日に全国各地で祝祭を開催し始める。また、国内統合を目指す近代化政策を推し進めた当時の政権レギアは、この時代、サンタ・ロサ新大聖堂の建設にも関わり、サンタ・ロサをペルー女性の象徴として位置づけると、新大聖堂の建設を国家事業として手がけた。こうしたことからも、サンタ・ロサは、レギア政権の国家政策のなかに取り込まれていった点がうかがえる。

以上からは、1920年代を中心に教会や国家によりサンタ・ロサ信仰が再活性化されていったことがみてとれる。その背景にはこれらの事業の立役者であった当時のリマ大司教リソンとレギア大統領の2人の親密関係に裏打ちされる、国家と教会の密接な関係があった点が指摘できる。ペルーの歴史をみても、レギアとリソン(1918−1931)の時代は、教会と国家との関係の緊密さが最も際立った時期でもあった。さらにこの時代、社会的には国家統合を目指す動きが高まっていたこともあり、こうした気運が国家的な聖人であるサンタ・ロサを再び呼び覚まさせる一因となったと考えられる。