総研大 文化科学研究

論文要旨

徳宏タイ族のシャマニズム

―ムンコァンとムンヤーンにおけるシャマンの比較研究―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 地域文化学専攻 伊藤  悟

キーワード:

徳宏タイ族、ダイ・ルー、シャマン、精霊信仰、上座仏教、パフォーマンス

本論文は、中国雲南省徳宏州に居住するタイ族(徳宏タイ族)のヤーモーやヤーモットと呼ばれる超自然的存在と交信するシャマン的な宗教的職能者の地域的特徴を考察し、当該社会における彼女/彼らの社会的位置づけや、他の宗教的職能者や上座仏教的活動との関係性を明らかにする。これらの問題に取り組むにあたり、本稿ではムンコァンとムンヤーンという異なる二つの地域の具体的な事例を用い、シャマン的な宗教的職能者の職能や社会的役割、パフォーマンス、そして職能者の移動性などを比較検討する。

徳宏タイ族の人々は、上座仏教を信仰し、よりよい来世を迎えるために功徳を積むことを理念的目標にさまざまな仏教的な積徳儀礼を行なう。その一方で、人々はピーという超自然的存在を信じ、稲田や村、地域を守護するピーを崇拝し慰撫する儀礼を年中行事として行っている。さらに、これまでの研究では取り上げられてこなかったシャマン的な職能者は、葬送儀礼などにおいて重要な社会的役割を担っている。

ヤーモーやヤーモットは、その宗教的実践のなかで、日常生活における様々な悩みや問題を解決する手段として、上座仏教の積徳を現世利益的行為として読み替えする。つまり、上座仏教や男性の視点からは、ヤーモーやヤーモットは迷信として位置づけられてしまうが、その一方で、ヤーモーやヤーモットは、上座仏教的来世志向の積徳行為に対して現世利益的意義を付与し、女性中心の依頼者たちに積極的に積徳を促す。このように、彼女/彼らは依頼者たちに積徳行為の両義的価値観の形成を促し、上座仏教の実践的側面を陰から支え、それらの知識や行為を再生産させる役割を担っている。

また、補足的な考察ではあるが、画一的に表象されるダイ・ルー社会においてシャマニズムの移動性の視点から宗教実践を考察しなおすと、ムンヤーン的なシャマニズムが存在する地域と、ムンコァン的なシャマニズムが存在する地域があり、保山地区などを含めて俯瞰すれば、前者のシャマニズムが広域にわたって受け入れられていることがわかる。