総研大 文化科学研究

論文要旨

徳宏タイ族社会の葬送儀礼と送霊儀礼における死生観

―術としての宗教実践に関する考察―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 地域文化学専攻 伊藤  悟

キーワード:

徳宏タイ族、死の儀礼、死生観、上座仏教、シャマニズム

徳宏タイ族社会は上座仏教圏と漢文化圏の周縁として、近年その独特な宗教実践に関する研究が蓄積されている。ただし、これまでの研究では、徳宏タイ族の宗教実践は上座仏教的視点の積徳を主題として分析される傾向にあり、また、仏教と徳宏タイ族のアニミズムは、二元論的に異なる体系の宗教実践として説明されてきた。本論では、徳宏タイ族の死生観を表象する葬送儀礼とシャマンによっておこなわれる送霊儀礼の事例をとりあげ、人びとがいかにして様々な宗教的選択肢を連続的で、一貫した信仰として実践しているのか、日常生活に生きた宗教実践をとらえなおす。

はじめにタイ族の世界観を構成する言説化された概念や仏教的理念を整理し、2章ではタイ族のライフサイクルについて概観し、村落社会において結婚や新しい生の誕生が契機となって、人びとの宗教活動への参加状況が移行することを示す。3章では、男性が中心的役割を担う葬送儀礼について記述し、体系化された行為をつうじて、死という事象を肉体によって経験することを述べる。次に4章では、女性が中心となって主催する送霊儀礼をとりあげ、シャマンがうたう死者の旅の即興うたの概略を記述し、人びとの儀礼うたを聴く行為を魂の経験として位置付ける。最後に二つの儀礼について考察をおこない、タイ族社会における仏教とシャマニズムの関係が、どのように相互補完的関係にあるのかを考察する。