総研大 文化科学研究

論文要旨

社会変動を超克する技法

―エチオピア南部牧畜民ボラナの口頭年代史における
予言者に関する語りに焦点をあてて―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 地域文化学専攻 大場 千景

キーワード:

オロモ系牧畜民ボラナ、予言、予言者、言説空間、口頭年代史、歴史実践

エチオピア南部のサバンナ地帯に居住するボラナの人々の間では、かつてラーガ(raaga)と呼ばれる予言者が存在していた。予言者は、口頭伝承の中で、天災、内紛、移住、近隣のエスニック・グループとの紛争やエチオピア帝国からの侵略や支配などの出来事と関わりながら、出来事の因果律を説明したり、予見や警告を行ったりしてきた人々であると語られる。本稿の目的は、予言者に関する伝承がボラナの人々が自らの「歴史」を構築する上でどのような役割を果たしてきたかについて明らかにすることである。

1章では、東アフリカを中心とした予言者に関する人類学的研究を概観しながら、従来までの予言者の実像とその社会的役割を明らかにしようとする研究ではなく、人々の間でリアリティをもって語られる予言者や予言に関する言説のもつ社会的、宗教的あるいは歴史的意味の探究に焦点をあてた新しい研究の流れの中に本研究を位置づけた。2章では、予言者に関する様々な伝承を検証しながら、ボラナ社会において予言者の活動は共同体の倫理を定義、維持するものであり、共同体の慣習に関するいわば検閲者のような位置づけに予言者があることを明らかにした。3章では、過去の出来事に関する語りの中に登場する予言者たちが、それぞれの時代でどのように描写されてきたのかについて記述した。事例として、17世紀中葉に起こったとされる大移住、18世紀初頭に起こったとされるオロモ系牧畜民アルシとの紛争、19世紀中葉に起こったとされるガダの父と世代組との深刻な対立および世代組が全滅したアルシとの紛争、19世紀後半に起こったとされるボラナ社会全体を巻き込んだ大規模な内紛、19世紀末のエチオピア帝国による侵略、これらの出来事に関する語りをとりあげた。

予言者たちが登場する語りに共通して見られるパターンは、予言者が予言したり、人々に助言をしたり、呪術を施したりしていた背景にはすべて社会を震撼させたカタストロフィックな出来事があったという点と、カタストロフィーは予言者の予言や呪術によって超克されていくという筋書きであった。筆者はこの予言者の予言や呪術によるカタストロフィーの超克を「予言・呪術成就史観」と名付け、社会変動に対して予言者たちの予言や呪術という挿話を差込むことで、偶然的な出来事を必然的な出来事へと転換させようとする絶え間ない解釈活動をボラナの人々の歴史実践の1つとして考察した。