総研大 文化科学研究

論文要旨

内モンゴル牧畜社会の資源開発への対応をめぐって

―西ウジュムチン旗・Sガチャーの事例から―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 地域文化学専攻  白  福英

キーワード:

内モンゴル、牧畜民、資源開発、対応、生活戦略

本論では、内モンゴル牧畜地域のSガチャーが、政府主導の資源開発により変容する中、現地の人々がどのように戦略的に対応しようとしているかについて、現地調査に基づき記述・分析した。

内モンゴル牧畜地域では、1950年代以降の社会主義的集団化、そして1980年代以降の人民公社の解体など様々な政策が実施されてきた。これらの政策により、Sガチャーでは生産の単位がホトアイルという生産組織から生産隊へ、さらに生産隊から世帯へと移ったことで、資源開発プロジェクトが始まる以前の2000年の段階で、生産組織の解体はかなり進んだ。さらに、Sガチャーにおいて2005年から始まった資源開発による牧草地の接収は、牧草地の補償金をめぐる係争を引き起こし、それが残存していた生産組織の解体を促した。

現地の人々に様々な影響を与えた開発に対して、彼らがいかに戦略的に対応したかについて、本論では個人としての対応と組織としての対応という二つの側面から考察した。Sガチャーの牧畜民は、牧畜を継続するか、あるいは牧畜を放棄してまったく新たな仕事や商売を始めるなど、個々の世帯がそれぞれに生業の継続・転換の戦略を立てている。一方で行政組織であるガチャー委員会は、政策の重点が牧畜生産から開発の推進へと移ったために、牧畜業を開発から保護することはできなかったが、開発が生み出した利益を社会保障や防災などに使うなど、現地の人々に還元する形での対応をはかっている。

本論ではまた、個々人が開発に対する戦略を選択できるようになったことが、内モンゴル牧畜社会の拘束力の弛緩につながっている点も指摘した。