総研大 文化科学研究

論文要旨

「今めかし」小考

―『栄花物語』における類型の摂取について―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 日本文学研究専攻 吉田小百合

キーワード:

『栄花物語』、中関白家、今めかし、『源氏物語』、『宇津保物語』

『栄花物語』巻三において、中関白家の家風の一つとして、「今めかし」であったことが作者によって提示される。しかし、他の作品を確認しても、中関白家の家風が「今めかし」であるとする資料はない。作者は何を根拠に中関白家の家風を「今めかし」としたのか。家風については伝聞によって得た情報(加納重文「記述の誤りをめぐって」(『歴史物語の思想』所収、平成四年十二月刊。初出は「栄花物語の記述の誤りをめぐって」『国語国文』四〇巻九号、昭和四十六年九月刊)とも考えられるが、中関白家が活躍した平安中期の「今めかし」の語義については、肯定的な意味のみならず、時に否定的な表現とされていたことが先行研究によって指摘されている。そのような時代的な意義を念頭に置くと、中関白家が実際に「今めかし」きことを家風にしたとは考えにくい。

先行する文学作品の用例を調べると、非常に興味深い事実が明らかとなる。『源氏物語』において、光源氏と対立する一家の右大臣家に連なる人々に「今めかし」が多用されることは先学によって指摘されているが、筆者が『源氏』以前の用例を検討したところ、『宇津保物語』や『落窪物語』にも同様に主人公と対立する一家に対して「今めかし」が用いられていることが明らかとなった。作者が物語を執筆する際、先行する物語作品に見られる類型を『栄花物語』において主人公と対立的構図を持つ中関白家に用いたのは、かなり意図的であったとみて良い。

論証の手順として、本稿ではまず『宇津保物語』から『夜の寝覚』までの用例を検討した。その検討で得られた結果をもとに、『栄花物語』の中関白家の家風として用いられた理由を考察していく。