総研大 文化科学研究

論文要旨

シンボル、実践、関係―祖先祭祀から見る
モンの親族研究の3つの視座

総合研究大学院大学 文化科学研究科 地域文化学専攻  今井 彬暁

キーワード:

モン、親族研究、祖先祭祀、シンボル、実践、関係、ベトナム

本稿の目的は、ベトナムの少数民族であるモンの祖先祭祀に着目し、祖先祭祀を通してモンが彼らを取り巻く親族関係に意味やかたちを与えていく様態を、3つの研究視座に依拠して描き出すことである。

モンの諸個人は、誕生の瞬間から、個人を取り巻く親族関係のネットワークの中に位置付けられている。先行研究では、モンがそうしたネットワークに対して、宗教儀礼にまつわるシンボルや実践を通して意味やかたちを賦与することで、潜在する諸関係が機能を帯びるように実体化していく様相が示されてきた。本稿では、シンボルおよび実践に着目するこれらの視座をそれぞれ、「シンボルが関係を規定する」視座、そして「実践が関係を構築する」視座と呼ぶ。本稿は、まず、これら2つの研究視座に依拠して、本研究調査地におけるモンの親族関係を分析する。その上で、M・ストラザーンの親族論を理論的土台として、「関係が関係を惹起する」という新たな研究視座を付け加え、モンが親族関係に意味やかたちを与えていく様態を先行研究とは別の角度から捉え直すことを試みる。

「関係が関係を惹起する」という視座からモンの親族を捉え直すと、個人ではなく関係が所与であり、個人を取り巻く関係が個人の立場や行為を決定するモン社会の特徴が浮かび上がる。個人が存在するから関係が生まれるのではなく、まずは関係が前提されており、個人の実践や個人を取り巻くシンボルは、他者との関係の中で生み出されていくのである。そこでは、既存の関係が、シンボルや実践を媒介として、潜在する別の関係を連鎖的に惹起していく様態が浮き彫りとなる。

本稿が分析基盤とする3つの研究視座は、両立不可能なものではなく、異なる角度から相補的にモンの親族を説明するものである。これら3つの視座からモンが親族関係に意味やかたちを与える方法を分析することで、モンがいかにして、シンボルを用いて互いの関係を規定し、実践を通して関係を構築し、そして既存の関係が別の関係を連鎖的に引き出す社会システムの中で関係を拡張し次世代を再生産しているかが浮かび上がる。