総研大 文化科学研究

論文要旨

漢訳される『徒然草』

―異種『蒙求』をめぐって―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 日本文学研究専攻  黄   G

キーワード:

近世期、『徒然草』、異種『蒙求』、漢訳、引用

『徒然草』は中世に書かれた書物であるが、中世にはほとんど読まれた形跡はなかった。しかし、近世期に入ってから、『徒然草』の注釈書が盛んに刊行され、いわゆる一種の『徒然草』ブームが起こっていた。近世期における『徒然草』の受容は、こういった注釈書だけではなく、作者兼好法師の伝記、屏風・挿絵などの絵画作品といったさまざまなジャンルに及んでいる。中にも、和文脈の『徒然草』を漢訳する作品が作られていたことは興味深い。この問題について、川平敏文氏の「徒然草の漢訳」というご論考があるが、氏が考察した四つの作品のほか、『徒然草』を漢訳した作品はまだ色々な形で見られる。たとえば、中国の『蒙求』に倣って、日本人の手によって書かれた異種『蒙求』という作品群である。本稿は、日本の異種『蒙求』の主なもの十一種類を調査し、その中に『徒然草』本文内容と関連があるものを選出して、その特徴を分析する作業を行う。これらの異種『蒙求』は和文脈の『徒然草』を漢文脈の『蒙求』に取り入れる時、主に三つの特徴が見られる。『徒然草』原文を詳細にまたは忠実に訳し、表現上の独自性を目指すこと、原典からではなく、類書、史書、当代流行の人物伝記類の書物等から引用すること、先行する同じジャンルの異種『蒙求』から引用することである。本稿で取り扱った日本の異種『蒙求』のような当時の文人たちの学問の基礎になった書物に取り入れられたことは、『徒然草』の中の説話は既に人口に膾炙するようなものになっており、当時に『徒然草』が古典として成り立っていることを物語っている。