総研大 文化科学研究

論文要旨

つながりを創る行商活動

―ベトナムの観光地サパにおける少数民族行商人女性と
国外観光客のあいだの互酬的関係―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 地域文化学専攻 
今井 彬暁

キーワード:

ベトナム、サパ、少数民族、行商、観光、互酬性

本稿は、ベトナム西北地方の観光地サパにおける少数民族女性の行商活動を主題として扱う。

サパの少数民族女性は、サパの町を訪れる観光客に対して土産物としての民族工芸品を路上で売り歩く。その際、彼女らは、民族工芸品の売買を成立させるため、時には観光客に対して食い下がって購入を熱心に懇請し、また時には自ら率先して観光客の便宜を図ることでその返礼として土産物を購入するように観光客を誘導する。彼女らのそうした販売戦略には、観光客に対する過度な積極性が伴うように映り、観光化の影響により少数民族女性が「商業化」した結果のすがたであるとしてメディアによる批判の対象となっている。サパの行政もまた、少数民族女性による行商活動を規制すべき対象と位置付けている。

しかし、サパで行商を行う少数民族の一つであるモン族のイーミックな表象に目を向けると、モン族女性にとって行商活動は、家計を支える副次的収入源であるとともに、村での自身の役割から一時的に解放され、町で友人や観光客との交流を楽しむ機会として位置付けられていることが明らかになる。すなわち、彼女らにとって行商活動は、経済的な価値付けに加えて、楽しみを得るという価値付けも併せ持っている。このような性格を持つ行商活動は、時として行商人女性と観光客のあいだに刹那的な取引関係を超えたつながりを創り出していく。

サパの少数民族女性の行商活動が、いかなる性格を帯び、いかなる原理に立脚して行われているのか。この点を明らかにすることにより、少数民族行商人女性に投げかけられる「商業化」の言説の妥当性を検討し、行商活動がサパの行商人女性と国外観光客のあいだに生み出す関係の性質を描き出すことが、本稿の目的である。

サーリンズによる未開交換の理論を踏まえつつ、本稿は以下の二点を結論として提示する。一点目に、メディアにより「商業化」の産物として批判されるサパの行商人女性の販売戦略は、現金収入獲得のための利己的な奸計に起因するものではなく、道徳的な交換の図式に立脚した戦略であることを描き出す。その上で、二点目に、彼女らが行商活動において用いている販売戦略は、彼女らが観光化の影響で「商業化」した結果の産物ではなく、彼女らが「未開」的な交換に顕著に見られる原理を観光客とのあいだの経済取引に適用した結果の産物であることを論じる。