総研大 文化科学研究

論文要旨

「野球移民」の誕生

―ドミニカ共和国における移民像の創出過程―

国立民族学博物館外来研究員 
窪田  暁

キーワード:

トランスナショナリズム、送金、ドミニカンヨルク、野球移民、移住要因

本稿の目的は、ドミニカ共和国(以下、ドミニカ)の移民送りだし社会としての面、およびトランスナショナルに展開する移民と故郷の人びととの相互交渉に注目し、そのなかから誕生した「ドミニカンヨルク」というイメージにドミニカ社会のどのような価値観が投影されているかについて考察するものである。そのうえで、このような相互交渉にもとづき生みだされた移民イメージが野球選手に移民としての役割を担わせることに結びついたことを明らかにする。

トランスナショナルな現象を扱う先行研究では、故郷の人びとを移民からの影響を一方的にうける(うけない)対象として捉えてきた。そこで描かれるのは、移民からの影響をうけて変容するコミュニティや非移民の姿であった。しかし、多くの人びとは移民からの最低限の送金でなんとか生活を送り、バリオ(共同体としての町、村)内に格差が拡大しないような節度あるふるまいを実践している。それを支えているのが、地域社会の伝統的な規範意識や価値観である。

しかしながら、現在のドミニカをめぐる経済状況は厳しく、より多くの送金を受けとりたいというのがバリオの人びとの本音であることも事実である。そうした状況のなかで、年々増え続ける移民に対して、一時帰国の際に華美で散財のかぎりを尽くす「ドミニカンヨルク」というステレオタイプ・イメージを創りあげ、国際電話やfacebookといったトランスナショナルな相互交渉を通して、移民にも「ドミニカンヨルク」像を演じさせることに成功したのである。さらに、こうした「ドミニカンヨルク」の役割を、野球選手に担わせることによって、今度は「野球移民」を誕生させることに繋がっているのである。

そこで本稿は、こうしたステレオタイプ・イメージの創出を、二国間にまたがるトランスナショナルな相互交渉の過程から明らかにする。そのうえで、伝統的な規範意識や価値観を武器に、新自由主義経済が蔓延する予測不可能で不安定な社会を生きぬくドミニカの人びとの生活戦略の在りようを示したい。