総研大 文化科学研究

論文要旨

第15号(2019)

キリスト教のトゥピ語翻訳とシャーマンによる再解釈

―16世紀ブラジルの事例から―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 地域文化学専攻  植田めぐ美

キーワード:

16世紀ブラジル、イエズス会、トゥピ語、シャーマン、抵抗運動、カライーバ

本稿では、16世紀ブラジルにおいて、イエズス会が行ったトゥピ語による宣教活動と先住民のシャーマンが先導した抵抗運動を取り上げ、両者を比較することで、シャーマンがどのようにキリスト教を解釈していたのかを再構成することを目的とする。

ブラジルにおける宣教活動は1549年にイエズス会によって開始された。初期の活動はトゥピ語系諸語を話す先住民が暮らしていた沿岸地域で行われた。自文化とは全く異なる文化に属する人びとへの宣教は困難であり、宣教師は直面した現実に応じて新しい宣教方法を模索してゆかなくてはならなかった。困難のひとつはキリスト教の教義をトゥピ語へ翻訳する作業であった。この言語にはキリスト教的要素を表す語が欠如しており、その解決策として、宣教師は先住民の文化的要素を転用した。例えば、キリスト教の唯一神には雷を象徴する神話的英雄を指すトゥパンという語が転用された。

ポルトガル人が砂糖産業を発展させてゆくと、強制労働や伝染病が先住民を苦しめた。さらに、宣教師によって先住民の文化や慣習は否定された。このような現実から解放されるため、先住民はシャーマンが先導する抵抗運動に加わるようになった。この運動はポルトガル人に「聖性」と呼ばれた。「聖性」運動に見られる特異性は、シャーマンが「教皇」や「神の母」といったキリスト教の人物を自称するなど、キリスト教を排除することが目的であるにもかかわらず、運動の基盤となっているシャーマニズムの儀式にキリスト教の要素が転用されていることである。

宣教師は、「聖」の概念を表すため、シャーマニズムの能力を意味する「カライーバ」という語を用いたが、トゥピ語に翻訳されたキリスト教において、「カライーバ」はキリスト教的領域を指す「真の聖」もシャーマニズム的領域を指す「偽りの聖」も意味する語として使用された。その結果、トゥピ語のキリスト教からは完全にシャーマニズムが排除されずに、先住民がシャーマニズムに沿ってキリスト教を再解釈する可能性を与えてしまった。ゆえに、シャーマンは「教皇」や「神の母」から宣教師に打ち勝つことのできるシャーマニズムの力を見出し、これらを「聖性」運動に取り入れたと考えられるのである。