総研大 文化科学研究

論文要旨

和田傳が描いた満洲分村移民

―小説『大日向村』を中心に―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 国際日本研究専攻  高  燕文

キーワード:

和田傳、『大日向村』、分村移民、満洲、文学表象、国策、農民文学

戦時下、農民文学懇話会(1938年11月発足)や大陸開拓文芸懇話会(1939年2月発足)という官民提携の文学団体が結成されたことにより、日本内地の多くの文学者たちによる積極的な満洲開拓地の視察・見学がなされた。彼らは、満洲農業移民の諸事情を題材として、大陸開拓文学と呼ばれる文学創作ブームを生み出し、満洲農業移民の宣伝及び記録の一役を担うこととなった。

その代表作の一つとして、農民文学作家の重鎮である和田傳の小説で、当時の大ベストセラーとなった『大日向村』が挙げられる。この作品においては、分村移民の模範村であった長野県・大日向村の分村移民が題材にとられている。戦時下の日本語文学における満蒙開拓に関する言説空間などの問題を考える時、この小説は無視できない役割を担っていると思われる。だが、これまでの研究の多くは『大日向村』の国策宣伝小説というような位置づけへの関心に偏りすぎていて、作中の人物像、分村移民の宣伝・動員のストーリー、満洲イメージなどの具体的な作品内容に関する分析が足りない。本稿では、『大日向村』という小説に注目し、主に作品のテキスト分析を中心として、満洲農業移民に関わる社会学、歴史学などの研究成果を取り入れながら、この作品から作家が描いた満洲分村移民の諸相の抽出・提示を試みる。

まず第1章で小説『大日向村』が出版された後の影響を指摘し、この小説に関する先行研究の問題点を提起し、本稿の問題意識と研究動機を説明する。続く第2章では、『大日向村』の創作背景を解明する。当時の和田傳の恐慌下の農村への関心、朝日新聞社の友人からの要請、農相・有馬頼寧との接近、農民文学懇話会への参加、日本内地と満洲の二つの大日向村への調査などの事実を指摘し、『大日向村』の成立までの経緯を追跡する。その後第3章では具体的な作品分析を展開する。主に、作品中に宣伝された分村移民の論理、登場した各層の人物、嵌め込まれた満洲イメージ、文学表象と歴史現実との対照という四方面から、この小説に反映された満洲分村移民の実像と虚像を考察する。最終章では、まとめとして、前述した分析に基づき、この小説の「国策宣伝」と「国策記録」の両方面の性格を論じる。議論を通じてこの小説が国策順応の開拓文学作品としての一面だけではなく、農民文学の代表作として、再評価されるべきだと主張する。