総研大 文化科学研究

論文要旨

第16号(2020)

台湾シラヤ族の夜祭とエスニシティの構築

総合研究大学院大学 文化科学研究科 地域文化学専攻  呂  怡屛

キーワード:

台湾原住民族、正名運動、信仰と儀礼、民族アイデンティティ

本論文の目的は、台湾においてシラヤ族と呼ばれる先住民族集団が中央政府に対して先住権を求める「正名運動」において、シラヤ族の独自の信仰として知られてきた「阿立(Alid)信仰」とその儀礼活動である「夜祭」とがどのような意義を持つのかを明らかにすることである。

シラヤ族は台湾の先住民族集団の1つであり、早くから漢族を中心とする外来の移住集団と接触することにより、その固有文化と社会的特徴を徐々に失っていったとされている。1994年の台湾の憲法改正では、政府が先住民族集団の自発的な要望により、その社会的地位などを保障することが明記された。この背景のもとに、シラヤ族は先住性の承認と先住権の獲得のため、正名運動を進めてきた。

夜祭は、シラヤ族の阿立信仰の中でもっとも重要な年中行事と見なされる。シラヤ族の人にとって、それは自らの出身の集落に年に一度戻り、阿立という神に盛大に感謝して参拝する行事である。台湾における「原住民族」集団の認定に際して、固有の信仰を有することが重要な条件とされていることから、シラヤ族の正名運動の主導者たちは伝承されてきた夜祭を通した民族アイデンティティの再形成を模索している。

本論文では、まずシラヤ族の集落の1つである吉貝耍における夜祭と、その中心となる行事である「拝豚」と「牽曲」について、現地におけるフィールド調査で観察した結果を記述する。それとともに、夜祭の参加者への聞き取り調査に基づいて、夜祭の準備から祭り当日に至る集落内外の人たちの関わり方と、参加者の阿立信仰や夜祭に対する考え方を述べる。続いて、夜祭に見られるシラヤ族固有の文化的特徴を分析するとともに、参加者の夜祭に対する考え方について論じ、阿立信仰によって継続してきたもの、繋がっていく人間関係、およびもたらされたシラヤ族としての意識の変化について考察する。

吉貝耍集落で継承されてきた夜祭は、集落内で完結するのではなく、外部者を巻き込むかたちで拡大することにより、夜祭と阿立信仰が、シラヤ族の固有の信仰として存在することが強調されていったことがわかった。そして、従来、希薄であったシラヤ族のアイデンティティが集団内で再形成されるとともに、シラヤ族のエスニシティを表現する有効な手段として、信仰が機能しているとも考えられる。