総研大 文化科学研究

論文要旨

第16号(2020)

日本における中国人女性移民の食実践に関する
人類学的研究

―広島県在住の日本人の夫と中国人の妻の家庭における食生活を事例として―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 地域文化学専攻  謝  春游

キーワード:

日常の食生活、料理の内容、エスニシティ、食の役割、中国人の妻、日本人の夫、広島県

本論文の目的は、日本人男性と結婚している在日中国人女性たちを対象に、人類学的アプローチから、何を、いつ、誰と、なぜ食べるのかという日常の食生活の実態を記述、分析し、ホスト社会で移民として生きていく彼女たちにとって、食がどのような役割を果たしているのかについて明らかにすることである。

移民の食生活に関するこれまでの研究では、民族アイデンティティの象徴としての食、移民先での食習慣の変容についての研究成果を蓄積してきた。例えば、Krishnendu Ray(2004)は、アメリカ在住のベンガル移民たちは自分たちをベンガル在住のベンガル人とアメリカ在住のベンガルでないインド人、アメリカ人と差異化するのに食べ物を用いていると指摘している。また、Jacqueline M. Newman (1980)のアメリカニューヨーク市在住の中国人移民の食習慣に関する研究では、チャイナタウンより、混合民族コミュニティ(a mixed ethnic community)が存在するクイーンズに居住している中国人女性移民の食習慣の変化が大きいことが指摘されてきた。しかしながら、これらの研究のなかでは、異なる国籍、異なる習慣や制度をもつ社会の出身の夫婦の家庭における食生活の状況に関しては、まだ十分に触れていない。

本論文では、大きな中華街が存在しない地方都市をはじめとした地域において、主に1990年代後半以降来日し、日本人男性と結婚している中国人女性移民を対象とし、彼女たちは日常の食生活を如何に営んでいるのかをフィールド調査に基づき検討した。

事例としたのは、専業主婦P、パート勤務者E、フルタイム勤務者Sという異なる生活リズムで送る核家族の3人の女性たちである。3人の女性の就労状況やそれぞれの夫の食嗜好により、彼女それぞれの家庭における日常の朝食と昼食、夕食が異なるパターンが形成されており、夫の両親や中国人の友人等という共食相手によって、食事の内容、あるいは料理の構成も変化することが分かった。

こうした3家庭の日常の食生活を通じて、ホスト社会に生きていくこれらの女性にとって、1)食は想像の共同体を創出する媒体および集団の境界線にあたる、2)食はホスト社会に馴染んでいく戦略として扱われる、3)食はホスト社会におけるネットワークの確立に繋がる、4)食は多文化要素を取り入れようとしているこれら女性移民の生き方を反映しているという食の果たしている四つの役割を明らかにした。

本論文は、在日中国人女性移民たちの日常食生活における食べる料理の内容やそれぞれの食べる機会に注目することによって、食の役割を考察する一つのアプローチを示す。