総研大 文化科学研究

論文要旨

第17号(2021)

岩石伝説の身体性に関する一考察

―『日本伝説大系』と『日本の伝説』を中心に―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 国際日本研究専攻  宋  丹丹

キーワード:

岩石伝説、岩石信仰、身体性、アニミズム、通過儀礼

本稿では全国の各地の伝説を所収した『日本伝説大系』と『日本の伝説』をテキストに、身体に関する岩石伝説に着目し、その特徴と背後にある信仰などについて考察したい。

本稿では特に身体的な特徴の表れる血の出る岩石、声の出る岩石、成長する岩石、米を食べる岩石の伝説を取り上げ、それぞれの岩石の特徴を分析した。まず、血の出る岩石伝説において、岩石の居場所は境であり、割るまたは悟ることによって不思議な色の血が噴き出した。また同時に、割る人は死ぬか発狂するかなどの罰を受けた。血が出ることによって、岩石への畏敬の気持ちを持ち、依り代またはタマが宿る岩石を神聖視したと言える。次に、声の出る岩石伝説は主に泣く岩石伝説と話す岩石伝説に分けられる。人間の言葉、動物の声、鬼の泣き声などの言語で元の場所に帰りたい、異変の予告などを伝えた。米を食べる岩石伝説では岩石が生きものように食糧を食べる。また、成長する岩石伝説は大きくなる岩石と小石を生む岩石の伝説に分けられ、岩石は成長力と生殖力を持っているとみなされていたこと明らかとなった。

血が出る岩石、声を発する岩石、米を食べる岩石と成長する岩石という4つの身体性には、共通の特徴も見られる。まず、岩石の活動時間が夜であること。そして、岩石の言葉は人間に通じるものだけではなく、動物の鳴き声などの岩石特有の言語も発する。そのほかに、岩石の成長する速さは百年、千年かかる。さらに割られたら死ぬ岩石もある。一つの岩石がすべての身体的特徴を備えているわけではないが、小石を生む岩石があり、成長する岩石があり、さらに死ぬ岩石があり、人間の誕生から死までの身体的特徴を備え各種の岩石伝説がある。

岩石が身体性を持つのは、岩石が神の依り代だけではなく、岩石そのものにもタマがあると考えられてきたからだ。また、アニミズムの考え方によって、石、木などのあらゆる自然物は人間と同じく、霊魂がやどっていると考えられてきた。また、岩石は人間の一生とも緊密に関わり、通過儀礼にも大きな役割を果たしてきた。このような岩石の特徴が、身体性を持った数多くの多様な伝説を生み出してきたと考えられる。