総研大 文化科学研究

論文要旨

第18号(2022)

邯鄲の夢と異国イメージ

―黒本『初夢かんたんの枕』を中心に

総合研究大学院大学 文化科学研究科 国際日本研究専攻  虞  雪健

キーワード:

邯鄲の夢、異国、唐人、朝鮮通信使、黒本、刊年、浄瑠璃、歌舞伎

唐代伝奇『枕中記』が源泉となる有名な「邯鄲の夢」の故事は、『太平記』(流布本)巻二十五「自伊勢進宝剣事付黄梁夢事」、謡曲『邯鄲』での改変を経て、近世では重要な趣向としてよく生かされ、数多くの戯作に影響を及ぼした。黄表紙の嚆矢として高く評価される『金々先生栄花夢』はまさしくこの趣向をとったものである。

本稿で扱う黒本『初夢かんたんの枕』は『金々先生栄花夢』に先行し、異国を舞台とする近松門左衛門の浄瑠璃及び唐人行列にかかわるものなどを積極的に取り入れることで、異国情緒ある「唐人の邯鄲の夢」が巧みに表現された。本稿では作品の刊年を改めて確認しつつ、本文の典拠を明らかにした上で、黒本『初夢』から「邯鄲の夢」の故事の受容を考察し、そしてそこで表現される江戸時代の対「異国」観や、そのイメージの変容を明らかにすることを目的とする。

黒本『初夢かんたんの枕』の刊年について、『朝倉年表』『山崎年表』ともに年代未詳とする。本稿では、先行研究を踏まえながら、黒・青本の絵師の連名や、作中の文句に見られる関連情報を参考することで、宝暦五(一七七五)年正月の刊行という新説をあげた。

本文の典拠を明らかにすることにより、黒本『初夢かんたんの枕』では謡曲『邯鄲』の詞章を多く利用すること、『太平記』黄粱夢事の筋を用いること、浄瑠璃「国性爺合戦」「大職冠」の詞章を持ち込むことで謡曲『邯鄲』『太平記』黄粱夢事と類似する人物や筋を重ね合わせ、機知的に物語を展開させること等が判明した。

また、挿絵やそれにともなう地の文やセリフを考察することにより、黒本『初夢かんたんの枕』では朝鮮通信使の影響を受けて形成した舞台やパレードを生かし、大きな唐人の夢の世界を創ったことと、歌舞伎や浄瑠璃、流行唄と当時の風俗に基づく地口、茶化しなどを通じて、作者が朝鮮通信使にかかわるものを借りて、「ウチ・日本」と対置される唐人のことを戯れること等が確認された。