総研大 文化科学研究

論文要旨

第19号(2023)

『定家卿筆道』伝本考 付校本

総合研究大学院大学 文化科学研究科 日本文学研究専攻  福原 真子

キーワード:

定家様、藤原定家、定家卿筆道、定家卿筆諫口訣、入木道書、書道、小堀遠州、茶道、和学者

「定家様」と称される藤原定家(一一六二―一二四一)による印象的で個性的な文字造形は、中世期においては定家の子孫や一部の門弟達によって継承されたが、桃山時代から江戸時代にかけてその枠組みをこえて広く享受されるようになる。この「定家様」を記すための書法について記された唯一の古典籍が、『定家卿筆道』『定家卿筆諫口訣』などと称される一連の写本(以下この作品の総称としては『定家卿筆道』と称す)であるが、定家に仮託した偽書であるとする理解から、詳細な研究は行われてこなかった。しかし、秘本とされながらも江戸時代に写本が繰り返し行われていることから、この時代の定家様受容解明にあたり重要な伝書であると言える。

そこで本稿では、『定家卿筆道』の伝本を調査し、その整理と伝播の実態解明を試みる。最初に校本(本稿末尾に付属)を作成しつつ伝本間の相違を比較検討し、構成面における差異を基準として、『定家卿筆道』の系統とその性質、各伝本の成立背景を明らかにする。

伝本は大別して3系統に分類できる。まず、最も原本に近いと考えられるのがⅠ系統である。構成においては共通性が高く、巻末に筆致を学ぶための手本と思われる「いろは歌」等を付随する。小堀遠州の本奥書を備え、概ね定家様で書かれているという特徴を持つ。Ⅱ系統は次いで定家仮託偽書としての体裁が整えられた系統である。名称が『定家卿筆諌口訣』となり、冷泉為相の偽奥書を加えることで、為相が定家から口伝を受けたように体裁が整えられる。手本である「いろは歌」に代わり、文字構成に関する本文が追加され、より理論的な性質が強まる。大半が江戸後期の和学者間による書写となる。そしてⅢ系統は、Ⅰ・Ⅱ系統とは異なる部分を持ち、後代に改変された伝本群と考えられ、松花堂昭乗(一五八二―一六三九)あるいはその門流に関係するのではないかと思われる。

調査結果からは、『定家卿筆道』は小堀遠州(一五七九―一六四七)より時代が遡るものは見当たらない。Ⅰ・Ⅲ系統には共通して、小堀遠州等の茶道に関わる人物による伝領が記されており、この書自体が遠州周辺のコミュニティーから生じ、定家様の書記法の理解がある人々の間で伝来するテキストであった蓋然性が高い。

Ⅱ系統は、江戸後期の和学者間で写本が頻繁に行われていた事実を示す。定家様の書き手に伝わっていたものが、江戸後期の有職故実への関心の高まりと関連資料の調査検討の流行に伴い、和学者へと伝えられていったものと考える。伝本成立期には、定家様を書くための実用書であったものが、実際に書記しない人々へと流れたことで、実用書としての側面は薄れ、論書として享受されるようになった。それにつれて挿図も意が汲み難い描写で享受されるようになり、結果的に『定家卿筆道』が不可解な入木道書とされるに至った。

『定家卿筆道』一連の伝本は、『続群書類従』に所収された和学者による伝本が先行して紹介されたことで見え難くなっていたが、その実態は定家様を用いた遠州流茶道の人々を中心とした実用書であった。そして、今回の伝本調査からは、江戸時代における定家様の流行とその傾向の一端を理解することができる。