総研大 文化科学研究

論文要旨

第19号(2023)

「産まない」ことを願う石の習俗

―近代における産育習俗を中心に―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 国際日本研究専攻  宋  丹丹

キーワード:

妊娠・出産、出生コントロール、産育習俗、安産祈願、石の信仰、心性、近代

本稿は、安産以外の堕胎、間引き、避妊などの産育習俗において、用いられる石の特徴、石の働き、石の呪術性などについて考察し、石に託された民俗の心意を明らかにすることを目的とする。

これまでの民俗学の研究では、子授けや安産などを願う石の習俗について早くから報告がなされ、研究が蓄積されてきた。一方、避妊、堕胎などの「出生コントロール」や間引きに関する石の習俗については、研究がほとんどなされてこなかった。そこで本稿では、民俗学に限らず、近世史における堕胎、間引きなどの研究を参照し、筆者がこれまで研究を進めてきた石や岩石信仰との関わりから、石を用いた避妊、堕胎、間引きなどの習俗について検討していく。

分析の対象とするのは、『日本産育習俗資料集成』、『岡山縣下妊娠出産育兒に關する民俗資料』、『愛知縣下妊娠出産育兒に關する民俗資料』などの資料である。堕胎、間引きと避妊の実施方法や特徴、また石を用いたかどうかなどを分析の指標とした。結果は、以下に示す通りである。

まず石を用いた堕胎と間引きの習俗は、石の呪術性よりも、モノとしての石の重量、堅固という石の物理的な性質を利用していたことがわかった。堕胎の具体的な方法として、石を用いたものはわずかであるが、たとえば石を抱いて高いところから飛び降りる、漬け物石を持って動き廻る、などが挙げられる。間引きの習俗の場合も、石の物理的な性質を利用し、とくに神聖視される場合もある石臼を用いて嬰児を殺す方法などが見られた。

また、妊娠を避ける習俗では、石の持つ霊性または神性を基に、投げるまたは腰掛けるという行為を加えて祈願していたことが明らかとなった。その際、人に見られないように、また、後ろ向きになる、といった日常的な祈願の行為とは意識的に逆の行為を行って避妊の達成を願っていたことがわかった。

堕胎や避妊などの「産まない」こと、「妊娠しない」こと、また間引きという嬰児殺しのなかで、石を用いて子殺しをしたり、石ではないがホオズキの茎を性器に入れるなど、危険な方法で堕胎せざるを得なかった当時の女性たちの性や生が『日本産育習俗資料集成』という断片的な資料の中からも浮かび上がってくる。つまり、石を用いた/石を用いない「出生コントロール」を行う女性たちの切実な願いと現実、そして産まない、産めない女性を石を用いて「石女(うまずめ)」と表現した当時の人々の眼差しも、石に注目することで、明らかにすることができたと言える。