総研大 文化科学研究

論文要旨

第19号(2023)

桂六斎念佛に見る個人のリーダーシップの重要性

―過去への回帰と変化・刷新の選択をめぐって―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 比較文化学専攻  志川 真子

キーワード:

民族音楽学、民俗芸能、六斎念仏、伝承、個人、リーダーシップ、中断と復活

本稿の目的は、一度中断した桂六斎念佛の復活の過程における、個人のリーダーシップの重要性を明らかにすることである。そのために本稿では、桂六斎念佛における個人のリーダーシップが発揮される場面として、リーダーの選択の場面、すなわち、リーダーたる個人が、どのような理由でいかなる選択を行っているかに着目する。なぜならば、リーダーたる個人の選択は、桂六斎念佛保存会の活動方針や演目・演奏のあり方などに大きな影響を与え、どのように芸能を復活させるかを左右する。そのような責任が伴うからこそ、選択という場面には、リーダーの意思と、組織を牽引する能力が発揮されると考えられるからである。

調査対象は、京都市西京区の東部に位置する桂で伝承されている桂六斎念佛と、その保存会会長N氏である。六斎念仏とは、15世紀半ばごろに、仏教経典に説かれる六斎日と念仏信仰が結びついて成立したとされる芸能で、太鼓や鉦を叩きながら念仏を唱える形態をもつ。中でも京都で伝承されている六斎念仏は、江戸時代中頃から、能や獅子舞、祇園囃子など他の芸能を取り込んで独自に発展し芸能化してきた。現在京都では、京都六斎念仏保存団体連合会に所属する14の保存団体によって六斎念仏が伝承されている。そのうちの一つである桂六斎念佛保存会は、14年間の中断を経て、2019年に活動を再開した。N氏は現在、保存会会長として保存会の運営の中心的存在となっているのみならず、中断前にも保存会に入会していた経験者の一人として、子どもを含む会員への指導の大部分を担っている。こうしたN氏の存在は、桂六斎念佛の復活に必要不可欠なものであると共に、活動の随所に見られるN氏の選択は、桂六斎念佛の復活と伝承に大きな影響を与えている。

本稿ではまず、民族音楽学および日本の民俗芸能研究において、音楽や芸能の伝承における個人がどのように位置付けられ、理論化されてきたのかを整理した。次に、N氏が提唱した「昔の演奏に戻す」という選択について述べた。昔の演奏と現在の演奏にはどのような差異があるのかを確認するために、昔の音源・中断前の演奏・現在の演奏を採譜した上で、その音の差異を整理し、それらの差異がN氏の「昔の演奏に戻す」という選択によってどのように変化したのかを比較分析した。続いて、断絶していた演目の復曲や新しい演出、新曲の創作などN氏が行った選択を具体的に記述すると共に、インタビューを元にそうした選択の理由やN氏の見解を述べた。最後に、N氏個人の生い立ちや桂六斎に関する経験を詳しく記述した。

以上の調査から、伝承の中心的存在であるN氏個人は、できる限り過去の姿へ戻し、元のままの形で伝承しようとする選択と、一方で、変化や刷新を加えながら伝承しようとする選択の2つによってリーダーシップをとっていることが明らかになった。一度中断した芸能をどのように復活させるか、そして再び中断に陥らないためにどうすれば良いのかという問題が生じた時、改めて、影響力のある個人のリーダーシップの重要性が再認識される。一方で、伝承においては、個人の選択通りにはならず、個人のリーダーシップが影響しえない部分もまた存在することが明らかになった。