第21号(2025)
総合研究大学院大学 文化科学研究科 日本文学研究専攻 福原 真子 キーワード: 定家様 大正名器鑑 小堀遠州 藤原定家 箱書 歌銘 書道 茶道 松平不昧 篆隷体 『大正名器鑑』は、実業家で茶人・箒庵としても知られた高橋義雄により、大正期に編集された茶道具名物記である。大正一〇(一九二一)年から昭和元(一九二六)年にかけて九編一一冊が刊行され、昭和二(一九二七)年に索引を加え完結した。由緒ある茶道具を列記し、名称・所蔵者・寸法・付属物・由来等が記される。収録された茶道具は茶入四三六点、茶碗四三九点、計八七五点にのぼる。写真によって示された初の茶道具名物記であると共に、現在に至るまで内容の充実度においてこれを超えるものはないとされる。 本稿では、『大正名器鑑』の掲載写真を用いて、箱書に記された文字の字形について調査を行う。本書における箱書を網羅し俯瞰的に捉えることで、これまで漠然と論じられていた箱書の字形について、体系的な実証が可能であると考える。なかでも本書で散見される定家様の箱書に焦点をあてることで、近世期の茶の湯における定家様享受の様相について明らかにすることを本研究の目的とする。 調査では、各茶器の箱書に記された文字の字形を「篆隷体」「楷書体」「行草体」の書体に「定家様」を加えて分類した。これに、書付者・書付箇所・書付方法を併記した。尚、調査結果は一覧として表を作成し、本稿末尾に付す。 この調査結果をもとに、以下二点の考察へと及ぶ。先ず一点は、本書で定家様の書付者として散見される小堀遠州についてである。茶の湯における定家様享受の様相を捉えるにあたり、遠州は極めて重要な人物と考えられる。そこで、遠州の定家様使用に至る過程を再度確認し纏めた後、近世期の武家における遠州遺墨の享受について、土佐藩での資料を一例として検証する。 二点目としては、本書で頻繁に見られる定家様に関連する字形の書き分けについてである。定家様と対になって用いられることが多い篆隷体に着目し、書き分けの傾向を明らかにする。さらに、後の大名茶人である松平不昧・酒井宗雅・溝口直諒による定家様と篆隷体の享受について検証する。 以上の調査結果とこれに伴う検証から、近世期に見られる定家様享受の様相は、定家様と篆隷体を共に様式美として捉えた遠州とそのコミュニティを起点として、遠州に共感した茶人たちによる継承と展開が大きく関与した事象であると捉えられる。 |