総研大 文化科学研究

論文要旨

第21号(2025)

漢訳洋書の伝来と幕末期日本医療の展開


―安政年間のコレラ流行を中心に―


総合研究大学院大学 文化科学研究科 国際日本研究専攻
 蘇  琦恵


キーワード:

幕末日本、コレラ流行、医療展開、漢訳洋書、ホブソン

幕末期、安政年間に発生した前例のない規模のコレラ流行は、数万人に及ぶ犠牲者を出した。その甚大な人的犠牲と未知の疫病による恐怖は、日本社会に深刻な影響を与えたと思われる。医療水準の欠如と衛生行政が整備されていなかった幕末において、当初に有效な対策が講じられず、結局蔓延を阻止できない事態に陥ってしまった。これにより、人々の不安や恐怖が増大し、社会全体に混乱をもたらした。その後、幕府が緊急措置として蘭方医学の禁を解き、オランダ軍医ポンペ著『転寝の夢』や、緒方洪庵が訳した『虎狼痢治准』など蘭方医学書の翻訳・紹介を進めた。また、中国から伝来したイギリス宣教師ホブソン(合信)による『西医略論』『内科新説』『婦嬰新説』などの医学に関わる漢訳洋書も積極的に導入し、コレラ治療の良方を求めて外部に働きかけた。これらの取り組みにより、比較的に有効な治療法の模索に着手することで人々の命を救い、コレラ流行の勢いを一定程度抑制することができた。幕末におけるコレラ流行期間の書籍の交流と医療実践の過程において、注目すべき点が二つある。まず、西洋由来のキニーネや芳香散が幕末期のコレラの治療薬として次々に登場し、論争が展開される中で、コレラ治療薬品の交替と更新が繰り広げられることとなった。これは幕末の日本社会において伝統的な漢方医学の限界とその信頼の失墜が見られたことである。それに伴い、西洋医学がより広く普及し、即効性のあるとして採用され、その応用にも拍車をかけることになった。第二に、漢訳洋書の日本社会における広範な流通と医療現場での応用があった。これらの書籍は漢訳されているために読みやすく、理解しやすい形式であり、さらにイギリス宣教師であるホブソンが中国でのコレラ治療の実地経験を含んでいたため、西洋医学知識の浸透が進んだと考えられる。すなわち、漢訳洋書がコレラ流行期に伝来することで、日本社会における西洋医学基礎知識の心理的準備と実践の基盤を築くことに寄与し、二者が相互に補完し合う形で、幕末期の日本が西洋医学知識を積極的に受け入れるきっかけとなったのである。幕末期の漢訳洋書の普及と応用は、日本の医療発展に対して深遠な影響を与えた。こうした一連の変化は、日本社会が新たな西洋医学知識を受容する契機ともなり、明治維新以降に本格的に洋学を学ぶための重要な過渡期を形成した。