総研大 文化科学研究

論文要旨

池田本源氏物語・帚木巻の祖本について

文化科学研究科・日本文学研究専攻 大内 英範

キーワード:

源氏物語 本文 池田本 書写 祖本

本稿では、池田本と高木本の祖本について検討する。

源氏物語本文の系統研究といえば、まず池田亀鑑の論が想起される。「大島本」を「青表紙本」の標準とし、対立するものとして「河内本」をたて、それら以外のものを「別本」としたのである。

これまで、「青表紙本」内での異同の数をカウントし、写本間の距離を測定する試みが繰り返されてきた。しかし、これらの論考では、結局のところ、似たような本文をグルーピングした際の総称としての「青表紙本」を検討しているのであって、それらの本に本当に同一祖本が想定できるのか、検討されたことはあまりない。

異同や共通異文の数をカウントして得られた諸本間の距離には、一定の意味が確かにあり、稿者もそのような視点で写本を眺めることがよくある。しかし、本稿では、表記の特異性や、異同の中身を検討し、そこから読み取れることを問題にした。

問題は、異同や共通異文の数をカウントしただけでは、各写本の相対的な位置関係(いわば「横」の関係)しかわからないということである。にも関わらず、池田本が大島本に対して「別系」であるとか、祖本の系統といったことに立ち入ることがどこまで可能か、疑問である。

表記もふくめた異同の中に立ち入ることで、できる限り書承すなわち「縦」の関係もふくめて、各写本の位置関係を推定する必要があるのである。

本稿では、特徴的な表記に関する異同に注目した。すなわち、ある表現について、あまり類例のない表記、たとえば当て字の書承や、その誤読の書承が見られる場合、転写のある段階で生じたある一本の当て字を書承しているものと考えられるケースがある。また、当て字に限らず、誤写をそのまま継承してしまった例なども貴重である。

こうした例を検討した結果、池田本と高木本の両本はおそらく世代的に近いところで共通祖本を持っており、その本文に何らかの基準で訂正が加わったのが、高木本の親本の状態である(ただし同筆の訂正部分)。なお、高木本は定家本の転写本である可能性が高いので、その訂正についても、定家の所為である可能性がある。さらに、そうした本文及び訂正が、明融本親本にも継承されている部分がある。そして、池田本・高木本の共通祖本の本文を忠実に継承しているのが、池田本ということになるのである。