総合研究大学院大学 文化科学研究科 文科・学術フォーラム 2008

ポスター発表

ポスター発表

18世紀日本の文化状況と国際環境

発表者所属名
国際日本研究専攻・国際日本文化研究センター
発表者氏名
笠谷 和比古(国際日本文化研究センター教授)

研究の内容

18世紀は世界史的に見ても重要な時期である。西欧世界においては、ジェームズ・ワットによる蒸気機関の発明とそれにともなう産業革命の展開は、近代資本主義システムの勃興をもたらし、政治哲学の分野では、自然法理論と啓蒙主義哲学の盛行が市民革命と近代社会の形成を引き起こしていた。音楽の分野においても、それまでの教会音楽であり貴族層の娯楽的芸術でもあったバロック、ロココの古典的音楽はベートーヴェンによって集大成されるとともに、近代市民社会の音楽として確立されていった。このように18世紀は西欧社会においては近代市民社会形成の胎動期にあたっており、その文化的動向に対しては多方面からなる研究が行われてきた。18世紀学会が専門的に設けられたほどである。
東アジアにおいても18世紀は、やはり豊穣の時代である。中国では清朝の体制は安定し、康熙・雍正・乾隆の三大皇帝による安定的治世と、一連の国家的規模による典籍編纂事業、地誌編纂事業をとおして文運は隆盛をきわめていた。李氏朝鮮においても朱子学が全盛時代を迎えており、ことに中国が満州族による支配を受けたことから、李氏朝鮮は中華文明の正統な後継者をもって任じ、そこでは朱子学を基軸とする儒教文化が両班官僚層によって最も純粋な形で展開されていた。
日本もまた100年を越える持続的平和の中で、18世紀は社会のさまざまな局面において独自性に充ち満ちた文化的発展を見せていた。社会経済活動の分野では、大坂を中心とする全国的な経済ネットワークが形成され、全国規模での商品生産・流通が展開されるとともに、中央市場である大坂では世界に先駆ける形で、証券市場、先物取引のシステムが形成され、経済活動の飛躍的な発展をもたらしていた。政治の分野では公共性理念の顕著な進化が見られ、一方では行政的統治システムの精緻な構築と、他方では「国家・人民のための君主」という国王機関説的な政治理論が普及しつつあった。学問の分野では、儒者の荻生徂徠が古文辞学を唱えて朱子学批判を行うとともに文献学的実証主義の方法論を確立することによって、以後の学術的諸分野における近代的・科学的な思惟の成長の基礎を形成した。
また徳川吉宗の享保改革において推進された一連の国家的プロジェクト―薬種国産化政策、全国物産総合調査、全国的人口調査etc.―は、物産開発のための経済学、自然観察を精緻化する博物学の発達をうながすとともに、それまでの幕府・諸藩という封建的分立割拠の状態を超えて日本列島全体を対象とする事業として展開されたが故に、それは政治形態としての統一的国民国家を志向するものとなっている。
この他にも文学・芸術の分野、文楽・歌舞伎といった舞台芸術の分野などまで含めて、日本の18世紀は豪華絢爛たる文化的内容を誇っている。そしてそれは当然にも、次の世紀の明治維新以後における本格的近代化にとって、それが成功裡に発展していくための諸条件を形成していたということができるであろう。
日本の18世紀の文化的状況はいかにして形成されたか、それらは東アジア世界、また西洋世界までふくめたグローバルな環境の下で、どのような影響を受けつつ、また独自の展開を示していたか。そして欧米世界以外では、なぜ日本が19世紀において独自に近代化を達成しえたのか。本共同研究会では、これら諸問題を総合的に探究する。