総合研究大学院大学 文化科学研究科 文科・学術フォーラム 2008

ポスター発表

ポスター発表

東アジアにおける知的システムの近代的再編成

発表者所属名
国際日本研究専攻・国際日本文化研究センター
発表者氏名
鈴木 貞美(国際日本文化研究センター教授)

研究の内容

東アジアにおける今日の知のシステムは、19世紀半ばから20世紀を通じて、「西洋」文化を受け入れ、伝統的なシステムを再編することによって、地域的なちがいをもちつつも、ヨーロッパやアメリカとは相対的に独自なものを形成してきた。しかし、そのことは、よく自覚されていない。第二次大戦後の日本では、これを「西洋化」としてとらえ、その達成度をはかる傾向が強かったからである。
しかし、日本においては、東アジアの伝統文化を受け入れながら、独自に形成してきた文化システムがあり、それが近代的に再編成されたのである。もちろん、そこには歴史的条件が働いている。そして、それが台湾、朝鮮、中国大陸へと伝播してゆく様子が観察される。今日の東アジアの知的システムは、それらが基盤となって、さらに再編成が重ねられてきたものである。われわれは、そのなかに置かれており、そのシステム自体に規定されている。
一例として、知的システム全体における宗教の位置を考えてみよう。19世紀のヨーロッパの標準では、キリスト教を基準とした宗教と、人文社会科学および自然科学とは、基本的に別領域に属する知的システムがつくられていた。しかし、日本においては、国立大学文学部の哲学科内に宗教学科が置かれ、ヨーロッパのどの国とも異なる編成をとった。これには様ざまな理由が考えられるが、キリスト教と儒学の性格のちがいも作用している。そして、この編成は20世紀をつうじて東アジアに共有されていき、今日にいたっている。また、19世紀半ばのイギリスにおいて成立した「工学」を、いち早く組み込んだことも、日本のアカデミズムの特殊性のひとつにあげることができる。
このような編成上の大きなちがいに無頓着のまま、個々の要素の「西洋化」を検討しているかぎり、知の「近代化」の実態に迫ることはできず、したがって、東アジア近代の知の特質を論じることもできない。受け入れた「西洋」文化の要素と、それを受けとめた「伝統」的要素との双方を検討し、全体の知的システムの編成替えが、どのように進んでいったかを再検討することによってこそ、東アジアの知的な近代化の様相が明らかになる。
そして、この研究には、近代化を推進した価値観そのものを対象として検討することが不可欠である。それを検討する研究者の立場が、たとえば「近代化」の推進と「伝統」保守のどちらかに偏るなら、実際に、そのあいだで争われてきた問題について、学問的に中立の立場から評価することはできない。しかも、工業化にともなう社会問題の発生、都市の膨張、森林の大規模伐採による洪水の多発、公害の発生などなど、近代化の弊害を乗りこえようとする様ざまな営みも、20世紀を通じて行われてきた。それらが、どのような結果を生み、今日に至っているのかの再検討も不可欠である。
総じて、東アジアの伝統文化の諸要素、近代化における知的システムの再編、近代の弊害を超えようとする営みを総合して再吟味することが問われているのである。それら全体を総括し、今日、ありうべき知的システムの構築に資すること、その作業を国際的にひらかれたかたちで展開することが、本共同研究の目的である。