総合研究大学院大学 文化科学研究科 文科・学術フォーラム 2008

ポスター発表

ポスター発表

民謡研究の新しい方向

発表者所属名
国際日本研究専攻・国際日本文化研究センター
発表者氏名
細川 周平(国際日本文化研究センター教授)

研究の内容

昨今の民謡研究の対象はかつての詞章の収集や旋律型の分類から、概念や言説、正統性イデオロギーや保存団体の成り立ち、テクノロジーや学問の介入、産業化や政治へと移ってきている。そして民俗学、民族(民俗)音楽学だけでなく、文化史、文学史、社会学、文化政治学など諸学問が民謡に関するさまざまな局面を解明している。このような趨勢のなかで、本共同研究班は各領域の専門家を一堂に会し、民謡研究の現状を確かめ合い、今後の有益な対話を引き出すこそを目的として立てられる。従来、民謡に関しては日本についての研究とそれ以外の研究とが向かい合わぬまま進められてきたが、この班では両者をつなぐ線や面を発見し、世界の音楽文化のなかで日本の民謡を考え、日本の音楽文化に入ってきた世界の民謡について考えたい。田舎の歌、民謡が、録音や楽譜や映像の形態をとって、元々の環境からはるかに隔たった地域や社会に移され、そこで別の演奏者、より大きな聴衆を獲得し、さらに別の旅をする。この文化移動が含む意味は何か。
民謡の発見と応用はちょうど長短音階や西洋楽器やその編成の世界標準化と同じく、19世紀西ヨーロッパが提起した音楽文化の普遍モデルの一角を占めていて、荒っぽくいって民謡を発掘したり評価したり、作詞作曲に応用したり、都市生活にしかるべき場所を設けることは、ほとんどどこでも国づくり、町づくりに欠かせぬステップだった。このような今では常識となった俯瞰図を再検討するとともに、民謡概念を輸入・洗練したり、自ら演奏したり、楽譜に起こしたり録音したり、分析したり宣伝した個人や団体を調べながら、今述べたあらすじに反する事例、近代化以前の土着の音楽や思想との衝突、民謡と認可されなかった民の歌などについてメンバーが持ち寄り、民謡の概念と実践の多様性、分裂についても議論したい。
「民謡」の概念が、知識人のロマンティックな「民衆」Volkの概念から派生したことは良く知られている。19世紀半ば、産業革命の進行とともに、田舎と都会の文化的な対比が問題となり、純朴な農民に国民の原形を見いだす思想が流布して以来、民謡は「元」の姿で、また編曲された姿で、都会の聴衆を魅了してきた。田園趣味と異国趣味とほとんど同じ次元で捉えられ、音階、節回し、発声、楽器など特定の音楽的な特徴が「田舎」を意味するような約束事は、多くの文化で見られる。世界各国で、民謡をインスピレーションにした都会の音楽、いわゆるポピュラー音楽が作られてきた。録音で知った遠い地の歌を新しい音楽語法やテクノロジーによって、再解釈することは、しじゅう行われている。この共同研究会では、録音(最近では録画)テクノロジー、都会文化や高尚な知識界との媒介者、作曲とのつながり、都会や他文化への移動、産業化をいろいろな事例から述べ、共通性と違いを対比させたい。特に媒介者(エイジェント)たる自覚を持った人物の役割、情熱、知識形成なしには、たとえば都会の文化エリートの集まりであるこの共同研究会が成り立つこともなかっただろう。彼らは民俗学、民族音楽学と、レコード産業や興行界を結びながら、音楽家と聴衆の双方に広範囲の影響を与えた。ある歌やジャンルを地理的、人種的、階級的、音楽的にはるかに離れた場所へつないでいく仕事の意義について探り、民謡研究の過去を再確認したい。