総合研究大学院大学 文化科学研究科 文科・学術フォーラム 2008

ポスター発表

ポスター発表

現代日本における兼業というワークスタイルの民俗学的研究

発表者所属名
日本歴史研究専攻・国立歴史民俗博物館
発表者氏名
渡部鮎美

発表者の研究テーマは1960年以降の現代日本における兼業というワークスタイルである。現代日本では一年間に2つ以上の仕事を兼業している人は全労働者の4割に当たる。そして、兼業形態のなかで最も多いのが農業と他の仕事との兼業というワークスタイルである。この農業と他の仕事とを兼業するワークスタイルの具体的な担い手は兼業農家と農繁期などに農家を手伝うために雇われてきた農業パートであった。発表者は、これまでの研究のなかで農業と他の仕事との兼業というワークスタイルを聞き取り調査や参与観察などのフィールドワークから明らかにしてきた。
先行研究では農業と他の仕事を兼業するワークスタイルはイレギュラーなものとみられてきた。たとえば出稼ぎ研究における兼業農家像は農業だけでは生活をしていけない特殊な農家といったものだった。また、農業パートは農家の補助的労働力と考えられ、彼らの働き方は農家側からみた農業の補助的労働力という評価しかされてこなかった。さらに、先行研究では農業パートが旧来の地縁・血縁による前近代的な雇用関係をもとにして成立してきたために、現在では求人の困難な職種となっているという。つまり、先行研究では農業と他の仕事を兼業するワークスタイルをイレギュラーなものとし、積極的な評価をしこなかったのである。
発表者は先行研究での兼業農家像、農業パート像をフィールドワークで得たデータから問い直してきた。その結果、出稼ぎや行商、農業パートを農業と兼業する農家にとって農業と他の仕事を兼業することは貧富の差にかかわらず、極当たり前におこなわれてきたことが分かった。また、農業と他の仕事を兼業する人々は一生や一年、一日のなかで様々な仕事を渡り歩いていた。そして、彼らはどんな仕事にも自ら楽しみを見出してきたのである。つまり、農業と他の仕事を兼業する人々は農業という産業や農家という職業の枠にとどまらず、様々な仕事をすることで楽しみを見出してきたのである。
こうした様々な仕事をする兼業農家の対局には農業中心の生活をする兼業農家もいる。しかし、彼らの生活を一生や一年、一日のレベルでみていくと、いつも農業中心の生活をしていたわけではなく、農業以外の活動も数多くしてきたことがわかる。そして、彼らにとって働くこととは、時間的にも意識的にも、仕事として余暇とはっきり区分できるものではなく、仕事と余暇の間を切れ間なく行き来する動きそのものであった。
現代の農業パートについても発表者はフィールドワークから、先行研究での評価とは対照的に高度な技術をもち、ビジネスライクな雇用関係をつくりあげていることを明らかにした。とくに、農業パートの技術についていえば、技術の習得と仕事に対するやりがいが必ずしも結びついてはいなかった。また、農業パートは単なる副業ではなく、自家の農業よりも優先されることもあった。つまり、農業パートの仕事は先行研究で描いてきた以上の多様性をもち、彼らの働き方からみられる「やりがい」の問題は現代の労働論に対しても視点の変換を迫るものであったのである。  先行研究では常にひとつの仕事に打ち込むストイックな労働倫理をもとに農業と他の仕事を兼業するワークスタイルを評価してきた。しかし、発表者はフィールドワークで、人々が働く姿を観察し、そこに様々な仕事や活動を行き来するゆるやかな労働観を発見した。
現代日本では景気の悪化と雇用問題などでストイックな労働観と実際の行動にみられるゆるやかな労働観が乖離している。このような現代の労働を考えるにあたって、実際の労働から読み取ることのできるゆるやかな労働観がもっと問われるべきではないだろうか。そして、人々の行動から労働を論じることで、言語化され定型化された労働倫理と混同されてきた労働観をより深く論じることができると考える。