総合研究大学院大学 文化科学研究科 文科・学術フォーラム 2008

学生による口頭発表

学生による口頭発表

美術館非熟達者の自立的展示理解・解釈を支援する学習支援方略モデル

発表者所属名
メディア社会文化専攻・メディア教育開発センター
発表者氏名
奥本 素子

美術館非熟達者が美術館での学習につまずく原因の一つに、美術館展示から意味を構築する能力である博物館リテラシーが不足していることがあげられる。そこで,本研究では非熟達者の博物館リテラシーの不足を補うため、演繹的に作品を解釈できるように作品理解の観点を教授するための博物館認知オリエンテーション(Cognitive Orientation of Museum: COM)という博物館リテラシー支援モデルを提案する。本研究では,そのCOMの博物館学習における有効性を明らかにするために、COMに沿った学習教材を開発し、一般的な解説教材と比較し、その効果を検証した。

熟達者の展示解釈過程と非熟達者の不足部分を補うCOMモデル

図1 熟達者の展示解釈過程

図1 熟達者の展示解釈過程

従来、博物館展示の解釈の過程は,まず展示資料の意味を解釈し、各資料の意味を統合させていき、新しい知識を獲得していくと考えられていた(Hooper-Greenhill 2000)。しかし、実は博物館学習の熟達者はそのような帰納的な学習のみに終始しているわけではないことが先行研究によって明らかになっている。 Hooper-Greenhill (1999)によれば、そもそも博物館展示を読み解く際に必要なのは資料1点1点の解釈ではなく、資料間の関係から生み出される意味である。そのような各資料の構造化は既知のスキーマというものを用いて行われていると示唆されている。また、Falk&Dierking(1992)は、博物館知(Museum Savvy)を持つ学習者は包括的な視点から細かな展示物の理解を組み立てることによって、展示デザイナーが用意した手がかりに気がつき、知らないことでも予想しながら博物館展示を読み解いていると指摘している。そのような熟達者は、展示の内容を高位のカテゴリーを用いてチャンクすることができるので注目点も包括的であると指摘している。

上記をまとめると、熟達者と呼ばれる博物館学習者は展示資料の1つ1つの意味を解釈しながら帰納的に展示の意味を読み取っているわけではなく、展示の包括的な抽象概念を理解し,その概念を元に資料の注目点を把握して、その後包括的に資料を関連付け,展示全体の意味を構築していると考えられる.そこで、そのような熟達者が行っていると考えられる演繹的な展示解釈の過程を図1のようにモデル化した。

図1のような展示解釈過程を、博物館非熟達者であってもたどれるように、本研究では,博物館認知オリエンテーション(Cognitive Orientation of Museum:以下COM)モデルを学習支援方略モデルとして構築した。さらに,そのCOMモデルを実装化するために,千葉県立美術館の常設展,「浅井忠とバルビゾン派」展を元に,COM教材を開発した。本研究で開発した、COM教材はCOMが提案する展示の抽象概念を教授するために、まずトップページで展示に含まれるテーマやトピックの構造図を展示アウトラインとして見せた。これにより、展示の構成を理解させるのが目的である。またトップページには、抽象概念として3つのテーマ(「画家の視点(変化に注目)」「森に集う画家(絵のテーマを知る)」「自然をどう描く?(絵の描き方を知る)」)を提示し、利用者の興味や関心によって抽象概念が選べるようになっている。抽象概念を選ぶと、その概念の説明と、それに関連した3つの視点が選べるようになっている。その視点を選ぶと、複数作品に共通する見るポイントが3作品を使って説明されているページにつながる。例示された作品画像をクリックすると、例としてその視点で見るとどんなことが分かるのかを紹介するページに行く。最後に、おさらいページが現れ,そこにはもう一度3点に共通する「見るポイント」が紹介され、そこに注目しながら見てみようというアドバイスが掲載されている(図2)。

図2 COM教材の流れ

図2 COM教材の流れ

COM教材の効果実験の結果

鑑賞中の学習内容を記入するマインドマップ型ワークシートの書き込み量の合計を比較してみると、線の書き込みも記述の書き込みも共に対照教材群と比較してCOM群の方が有意に多いことが分かった(表3)。このことから、COM群の方が展示鑑賞に関して感じたり考えたりすることが多かったのではないかと考えられる。さらに、ワークシートに書き込まれた内容を分析した。χ2検定を行った結果、両群には有意な違いがあった(χ²値(7)=39.57 P. ‹.001)ので、さらに残差分析を行い項目別にその差を分析した。

まずCOM 群がDB群より記述の割合が多かった項目は「主題(抽象名詞)」と「分析」である。「主題(抽象名詞)」は被験者が自分で考えた作品のテーマであり、この項目の記述が多いということからCOM群の被験者が展示を抽象的な観点から理解していることが分かった。また、「分析」は絵に関する抽象的、客観的分析であり、通常熟達者のみが行う鑑賞行動だとされている(Housen1983,Persons 1989)。COM群が有意にこの項目の記述の割合が多かったということは、COMを使うと熟達者に近い解釈のフレームワークが非熟達者でも短時間に習得できたということを示唆している。

また記述間を結ぶ線についても、単独の作品のキーワードのみを結ぶ「作品内」線と,複数作品にまたがるキーワードを結ぶ「作品間」線とに分類した。すると,COM群と対照群では作品内線と作品間線の割合に有意な違いがあった(χ²値(1)= 10.1 自由度=1 P. ‹.001)。残差分析で線別の違いを見てみると、DB群の方は「作品内」線の割合が高く、COM群の方は「作品間」線の割合が高かった。つまり、DB群に比べて、COM群は作品間の関連性に注目し。上位のカテゴリーで結び付けていったと考えられる。前述したように、そのような解釈行動は熟達した鑑賞者によく見られるとされているが、非熟達者で構成されているCOM群においても、教材利用後の展示室で既にそのような解釈行動が見られたことが明らかになった。

ワークシートの分析により、COM群は熟達者が行っているように、抽象的観点から作品を解釈したり、作品同士を関連付けたり、また抽象的かつ客観的に分析したりしながら、実際の展示を解釈していることが分かった。このことから、COM教材の利用によって、非熟達者が熟達者が行っている演繹的な展示解釈の習得に効果があったのではないかと考えられる。