総合研究大学院大学 文化科学研究科 学術交流フォーラム2011

イニシアティブ事業概要

ワークショップ

 総研大文化科学研究科学術交流フォーラムにおけるワークショップは、今年度の試作的に取り入れたセッションでした。例年の学術フォーラムでは、定番の学生による口頭発表や、先生方のご発表が主となるシンポジウムが好評される一方、一般的に参加できる学会と比べて特別に印象残るものが感じがたい、という意見もありました。そこで、学生が企画を参加しているという特徴を生かしたく、アクティブな全員参加型フォーラムを作り上げようと考えた結果、ワークショップに至りました。今回のワークショップは、学生企画委員たちが無経験の状況の中、熱心に計画を練り、先生方の協力のもとで自らシミュレーションをも経て出来上ったセッションでした。

 ワークショップはフォーラム2日目の午後に開催され、当日午前中のシンポジウムでお話しされた先生方を中心に、4つのグループに分かれて行いました。当日その場で出会った、文化科学を専攻とする大学院生がとある先生の旗下に集まり、ある程度定められたテーマの下で共同研究会を開くとすれば、どのような題目で各々の研究が展開できるかを探るのが、今回のワークショップの目的でありました。各グループのメンバーに求めるのは自分の研究領域を説明する独創性や熟練さだけでなく、他分野研究者との協力の可能性を高める広い視野も要求されます。一見なかなか実行の難しい内容ではありましたが、討論は各メンバーの自己紹介から始まり、熱意あるやり取りと各班の学生企画委員スタッフによる進行とまとめによって、野本忠司先生(日本文学研究専攻)の「技術・文化の伝播のための社会的要因に関する研究」、中牧弘允先生(比較文化学専攻)の「近代から現代への美意識の変容――インターディシプリナリーの視点から」、井上章一先生(国際日本研究専攻)の「下からのポップカルチャア」、日高薫先生(日本歴史研究専攻)の「唐蛮貨物帳にみる文物の往来と受容」という4つの共同研究会が立ち上げ準備(想定)の段階まで進みました。

 ワークショップの趣旨説明の方でも述べましたが、誰かと一緒に研究成果を出す、或いは専門分野の枠組みを超えて自分の研究を考える経験は、私達文化科学研究に携わっている大学院生にとって、余り頻繁に体験出来ないのが実感であり、この現状こそが今回ワークショップを企画した考えの原点とも言えます。また、学術交流フォーラムという大規模な場面でだけでなく、日ごろ小規模でも開催できる学生同士の勉強会にも、今回のワークショップが何かヒントを与えることが出来たらと思います。(王 莞晗)

ワークショップ各班検討内容

中牧先生班

 中牧班では、午前中に行われたシンポジウムでの中牧先生の基調講演の発表から、「トランス(超・越)」「アイデンティティ」「還流・環流」「文明学」というキーワードを選定した上で、それらのキーワードと、3名の学生参加者が自身の研究テーマに関連付けて提示するキーワードとを引き付けるかたちで、共同研究テーマの設定を模索しました。まずは学生参加者が自身の研究テーマに関する自己紹介を行い、またそれを基に互いに質問を投げかけ合うなかで、「美意識」という共通のキーワードが次第に浮かび上がりました。そしてさらに議論を進めることで、「現代へ向かう歴史的流れのなかでの美意識の変容」という共通の関心へと辿り着きました。それぞれの参加者は対象地もアプローチも共通していませんでしたが、それに対して無理やりに統一を図るのではなく、それぞれの研究手法の強みを生かすかたちで、学際的かつ複合的な視点から研究を行っていければという願いを副題に込めて追加しました。そうした過程を経て立ち上げられたのが「近代から現代への美意識の変容――インターディシプリナリーの視点から」という共同研究テーマです。近代から現代に至る美意識の変容は、芸術的観点、倫理的観点、商業的観点、またより壮大には文明学的観点といった多種多様な視座から肯定的あるいは批判的に考察することが可能であり、実際に本テーマで共同研究を行うとすれば、文化科学研究科の学際性を大いに活かせるテーマが設定できたのではないかと思います。(今井彬暁)

日高先生班

 日高班では、先生から最初のキーワードとして、「異文化受容」「異国認識」「独自性」「交易」を提示していただき、そこから議論をはじめました。参加学生さんは2人で、1人は専門が近世日本文学で主に草子本や古典籍を対象とされ、もうお一方は、江戸時代後期の中国と日本の交易や政治が専門でした。

 日高先生と参加学生の間で、すぐに浮かび上がった共通項は、対象地域(東アジア)と時間軸(近世)の2つでした。参加学生の専門性をキーワードの「交易」につなげることは容易でしたが、近世文学では全てのキーワードと共通項を見出すのが困難でした。

 「交易」につながる個々のキーワードは、「物の往来」という概念で抽象化できたので、 近世文学では、日本に影響を与えた漢籍に着目してはどうかという案が出ました。そこで、当時、長崎の出島が中国をはじめとする諸外国との交易の窓口だったことから、漢籍も含めた中国との交易の品を記した書物に焦点化して議論を進め、悪戦苦闘の末、「唐蛮貨物帳にみる文物の往来と受容」というテーマにまとめることができました。

 特に近世は、日本と東アジア諸国の交流も盛んになり、文化面ではハイブリッドなものが多いのではないかという印象から、文化科学研究科の各分野では内容面でも共通項が見出しやすいのではないかという想定がありました。しかし、いつの時代においても、異文化は受容された後、特定の文化の中で独自性を強めます。近世は、ハイブリッドな側面をもつものと、独自性が強い領域が混在しているため、共通項の議論に入る前によく吟味すべきことと思います。(松岡葉月)

井上先生班

 「井上先生班」は井上章一先生を中心に、絵巻物を研究する徳永誓子、台湾原住民(高山族)の粟を研究する林麗英、植民地文学を研究する韓玲玲から成りました。3名の学生参加者が各自のキーワードを持ち寄りまして、井上先生の提起なされた「下からのポップカルチャー」というテーマをめぐって、話しは熱っぽく展開していきました。「カルチャー」の上に立てられたものとして、まず、「華道」や「茶道」とは違って、流派によって組織されていない「盆栽」が着目されました。井上先生の柔軟な誘導で、学生たち個々の研究視野も徐々に広がっていきました。話しは最初の「盆栽」から、「少数民族」の民族意識に飛び、香港の武侠小説「金庸」とか、日本の「サンカ(山窩)」とかまでに拡大していきました。その中で、絵巻作品に描かれた「雪女」から「少数民族」の住む「高山」にと論は結びつき、植民地の視点から論じられる「高山・高地」のロマンチックなイメージが参加者全員の興味をそそり、研究班のテーマも「高山・高地のイメージ」というところに絞られていきました。研究者それぞれの持つ問題意識が「カルチャー」という大きな土台の上に遭遇し、それらがいったん討論(言語と思想の力)によって破壊され、やがて全員共通のテーマへと再構成・統合されていったのでした。その過程を通しての刺激的な体験が、今回のワークショップでの一番大きな収穫だったと思います。(韓玲玲)

野本先生班

 野本班では、野本先生から最初のキーワードとして、「メディア」「震災」「情報」「格差」を提示していただき、そこから議論をはじめました。しかし、学生の専門が近世文学(日本文学)や近代の文化(国際日本)、教育現場における機器の有効的な利用に関する研究(メディア)とばらつきがあったので、なかなか共通の研究対象を見つけることができませんでした。また、野本先生とメディアの学生とは分析の方法に共通する部分がありましたが、日本文学や国際日本の学生との間ではそうした共通項も見つかりません。そこで、野本先生から出していただいたのは、情報の普及のパターンには共通性があるのではないか。そのパターンを引き起こす要因を研究対象としたらどうかという案でした。それに基づいて議論をすすめ、「技術・文化の伝播のための社会的要因に関する研究」という共同研究のテーマをなんとかまとめることができました。やる前は研究対象を何かに限定していく議論のすすめ方を想定していたのですが、それが通用しなかったので苦労しました。パターンとそれを引き起こす要因を研究対象にするというのはかなり新鮮に感じました。(紅林健志)